池にはまったヨォ〜‼️
2021/11/05
もなみ園にある池。いや、元池。元ビオトープ。
年々落ち葉が積み重なり、今は一部沼。
そこに何年か前からか必ずはまる子がいる。
その沼にはまると自分では抜け出せない。誰かに助けてもらえないと抜け出せないのだ。
今年もはまった。
「Cちゃんがぁはまったってぇ〜‼️」誰かが叫んだ。
それを聞きつけた子どもたち。ショベルを持って駆けつける子。とりあえずその子の様子を見に行く子。
膝まではまってしまったCちゃん。困って泣いている。
みんなでCちゃんを囲んで引っ張ってみたりショベルを使って泥をかきあげたりしている。
どうやっても助けられない。
そのうちに泥の中に手を突っ込んで直接の足を引っ張ろうとする方法を試みる。
みんな自分たちだって沼にはまるかもしれないのに。
やってもやっても助けられない。
いよいよ本気の本気でやらないと本当に助けられないぞ!と子どもたちはもっと本気になっていった。
本気になればなるほど自分たちが泥んこになっていく。
みるみる子どもたちの服は黒い色になっていく。どの子も必死。もう顔も帽子も泥が跳ねていく。
しかし、一生懸命にやって自分たちの力だけでは無理だと思ったのだろう。大人に助けを求めた。
子どもたちの必死さに引っ張られ大人も知恵を出す。大人も自分たちがはまったら抜け出せない事を知っていた。
大人がCちゃんの手を引っ張って子どもたちが脚を引っ張って、体を引っ張って・・・
やっとCちゃん脱出‼️
だけど、片方の長靴は沼の中。
Cちゃんの手を引いてお世話をする子。
Cちゃんのもう一つの長靴を洗う子。
Cちゃんの沼の中にある長靴を探す子。
自分の事そっちのけでCちゃんの事をやる。
沼にはまったCちゃん以外の子どもたちも泥んこの真っ黒。
10月とはいえ水は冷たい。
ベッタリと張り付いた水と泥は重くて寒い。
それでもみんながみんないい顔をしていた。
キラキラしていた。
お互いの泥んこを笑い合いながら着替える。
なんだかその場が1つになっていた。
池にはまった事件の次の日の朝の会。
Cちゃんの事、沼にはまって大変だったけど泥んこになりながらみんなで助けた事。
みんなどんな気持ちだったのかな?
「絶対に助けるぞ!って気持ちだったよ」
子どもたちが手で精一杯背中まで伸びるぐらい大きな輪を作って、気持ちの大きさを教えてくれた。
あの場にいた子どもたちみんな助けたい気持ちが大きかった。
いつも小さい子たちを助けてくれるけどいつもと昨日はなんだか違ったんだけどいつもはどんな気持ちなんだろう?
子どもたちは考える。
「助けたいなぁって気持ちはいつもはもうちょっと小さいなぁ」
いつもは小さいんだね。じゃあ、他にどんな気持ちあるかなぁ?
「面倒くさいなぁがこれぐらいあるなぁ」「あっ!僕も」「私も」
年長さんだしやらなきゃ!もある?
「あるある」うんうんと頷く子どもたち。
「僕は助けたいがこれぐらいで面倒くさいがこれぐらいで、やらなきゃ!がこれぐらいかなぁ」
それぞれが自分の心を見て大きさを手で教えてくれる。
えっ?、じゃあさぁ。なんで昨日は助けたいが大きくなったの?
「自分で助けたいって気持ちを大きくしたんだよ‼️」
えっ?自分で気持ちを大きくしたの?
うんうんとみんなが笑顔で頷く。
「昨日はさ、泥んこになったけど気持ちがスッキリしたんだ」
「ピンクの気持ちで(愛)助けてんだよ」
「前に自分も助けてもらった事あって、あの時の年長さんみたいだなぁって思った」
「自分でカッコいいなぁって思った」
昨日の子どもたちは100%小さい子を助けるぞ!って気持ちになっていた。
自分が汚れる事や自分もハマるかもしれない事とか自分も冷たい事とか全く無くってただその子のために自分の助けたい!!の気持ちを大きくした。
心を大きくする事を自分で決めてそして、全力で助けた。
子どもたちの顔は誇らしく自信に満ちキラキラ輝いていた。
この日の心の輝きはいつまでもこどもたちの心に残るだろう。